2012年2月16日 (木)

おわりに

 『命を磨く言葉  文豪の「マインドセット」にならう人生の核心』全60回の連載を終わることになりました。長らく拙稿におつきあいいただきありがとうございました。

 この原稿を書くことになったのは、フリーの編集者として『声に出して読みたい日本語』(齋藤孝著、草思社)シリーズなど、数々の日本語関連の本の編集に参加させていただいたことが土台になっています。編集に携わる過程で種々の本や雑誌に目を通し、テレビやラジオ番組を見聞きしていても、これぞという言葉に出会うと、それを書きとめることが、いつのまにか習い性になってしまったのです。
 私事で恐縮ですが、母の大腿骨骨折をきっかけに介護が始まって大幅に仕事をセーブせざるをえなくなるなど、この数年、さまざまな難題に直面しました。そんななかにあって、この本にとりあげた言葉は、とりあげなかった言葉も含めて、私の支えとってなってくれました。
 もともと、これぞと思う言葉を書きとめているのは日記を書くようなもので、公開を意識していたわけでありませんが、困難ななかにあって人生の核心に満ちた言葉によって自分を見失うことなく歩むことができたという経験をしたことで、原稿にしてみようという気持ちになったのです。
 つたない文章の羅列に終始したかと思うと忸怩たるものがありますが、心の枠組みを定めるとはどういうことか、人生の核心に確信を持つとはどういうことか、そのことがぜひ、読者のみなさんに届いてほしいと願っています。

 本文で、「世間の視線に鞭打たれ、またそれに育てられるということは、至って必要なのだ」という高見順の言葉をとりあげましたが、この本を通して読者みなさんの視線にさらされ、鞭打たれることで、私自身、一段と成長していくことができれば、これに勝る幸せはありません。

 最後になりましたが、この原稿でとりあげた言葉のうち、各項目の冒頭に掲げたものは、それぞれのページに出典を明記しました。ほかにも文中で数々の言葉をとりあげていますが、なかでも外国人の言葉は、名言辞典や名言サイトなどの恩恵にあずかりました。一つひとつ書名やサイト名を掲げていませんが、それらを編んだかたがたのご苦労に心から感謝します。

 2012年2月16日
                               田中慶太郎

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第60回 無欲で立ち向かえ

◇ 棟方志功の叱咤激励


    力とか、慾とか、そういうものがはいらない世界、
    本当に他愛のない世界から生まれてくる仕事、
    願うことではなく、願われる仕事、
    そんな慾でない慾を持ちたいものです。

               『板極道』(中公文庫)


  道を思い定めよ

『板極道』は版画家・棟方志功の自叙伝です。谷崎潤一郎が序文を寄せ、志功と同い年で友人でもあった詩人の草野心平が、棟方の逝去を悼んだ惜別の辞を後書としてのちに追記しています。そのなかで、草野は一篇の詩を捧げています。

  鍛冶屋の息子は。/相鎚の火花を散らしながら。  
  わだば(我は)ゴッホになる。
  裁判所の給仕をやり。/狢の仲間と徒党を組んで。
  わだばゴッホになる。
  とわめいた。
  ゴッホになろうとして上京した貧乏青年はしかし。 
  ゴッホにはならずに。
  世界の/。Munakata になった。
  古希の彼は。/つないだ和紙で鉢巻きをし。
  板にすれすれ独眼の。/そして近視の眼鏡をぎらつかせ。
  彫る。 
  棟方志功を彫りつける。

 青森市の腕のいい鍛冶職人の家に生まれた棟方志功は、ゴッホの「ひまわり」を見て、「ようし、日本のゴッホになる」と画家になろうと決心します。そして、この誓いどおり、油絵の道にのめり込み、二十一歳のとき上京。
 ところが、帝展などに油絵を出品するも、ことごとく落選。画家仲間や故郷の家族は、高名な画家に弟子入りすることを勧めますが、「師匠をとると、その師匠以上にはなれませんから、生涯師匠はとりません」と棟方は譲りませんでした。
 棟方は考えた。当時の画壇で頂点にあった安井曽太郎、梅原龍三郎でさえ、油絵では西洋人の弟子にすぎないではないか。「日本人のわたくしは、日本から生まれ切れる仕事こそ、本当のモノだと思ったのでした。そして、わたくしは、わたくしだけではじまる世界をもちたいものだと、生意気に考えました」
 そして、棟方は気づく。「ゴッホが発見し、高く評価して、讃美をおしまなかった日本の木版画があるではないか。よし板画で、それを表現しよう。自分の全部をそのことに展開させよう、これこそ、現代の世界画壇に贈る日本画壇の一本の太い道だ。その橋を架けよう、日本木版の大橋を。わたくしは、こう心の中で叫喚しました」
 こうして、版画ならぬ板画をもって「この道よりわれを生かす道なし、この道を歩く」(武者小路実篤)を信条に歩むようになります。
「白と黒を生かすためには、自分のからだに墨をたっぷり含ませて、紙の上をごろごろと転げまわって生み出すような、からだごとぶつけてゆく板画をつくってゆくほかはない、と思い切ったのでした。指先だけの仕事では何もない。板業は板行であって、からだごとぶつかる行なので、よろこんで行につこう、と心肉に自答決心したのでした」
 昭和十一年(一九三六)、国画会に「大和し美はし」を出品。この渾身の板画によって民芸運動で知られる柳宗悦、陶芸家の浜田庄司や河井寛次郎とめぐりあいます。そして、棟方は京都にもどる河井について京都へ行き、河井邸に四十日間滞在します。
 河井はこの若い才能の持ち主をかわいがり、棟方も父親のように河井を慕う。この滞在の間、河井は、人生というものは肉体的・物質的欲望から自由になることで仏を表していく過程と説く禅書『碧巌録』の教えを通して、「本当のモノは、名が偉くならずとも、仕事がひとりでに美しくなるようにきまっているものだ」と、名誉や欲のために制作するのではなく、純粋に仕事に向き合う姿勢を棟方に説いたそうです。
「力とか、慾とか、そういうものがはいらない世界、本当に他愛のない世界から生まれてくる仕事、願うことではなく、願われる仕事、そんな慾でない慾を持ちたいものです」という冒頭の言葉の背景には、そんな教えがあるのです。

  欲や力にとらわれない生き方

 棟方志功の板画人生を眺めていて、「心延え」という言葉が浮かんできました。人の心は覗くことができませんが、ときに、その人の心の内が自然と溢れ出るように外にあらわれることがあります。これを心延えといいます。
 棟方志功はひたすら、板すれすれに独眼の、そして近視の眼鏡をぎらつかせて、そこに自分自身を彫りつけるかのように彫ってきました。その姿は、名を挙げたいとか、名声を得たいという欲とは無縁の世界にありました。棟方の板画には、棟方の心延えが立ち昇っています。これ見よがしでないゆえに、棟方の板画は人々に受け入れられ、その後の棟方の仕事が熱望され、願われることになったのです。
 棟方志功は書いています。「融通念願というのでしょうか。自分で願わなくても、ほかの人が、たれかわたくしのために願いをかけてくれているというような、本当に自分から生まれたものではなく、人から生じた世界を遊んでいきたい。融通不生というのですか、あるいは、そういう遊びを乞うていきたい、そういう世界のところを、この命ある限り歩いていきたいと思うのです」
 仕事にしろ何にしろ、自分をアピールすることに汲々としている現代人、自然と溢れ出る前に自分は自分はと主張しなければならない現代人は、心延えとはまったく反対の方向に向かっています。そんなときだからこそ、自分を見失うことなく、おのずから溢れ出るものを大切にする「心の枠組み」を見直すべきなのではないでしょうか。
 おのずから溢れ出る人としての真価。そんな心延えのある人になりたいものです。

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第59回 断行熟慮せよ

◇ 山田美妙の叱咤激励


    熟考はすべて迷想じゃぞ。
    熟考にろくなことはない。
    世間凡俗は熟考を人間の大事と思う。

      『二郎経高』(「明治文学全集23」筑摩書房)


  熟慮していると肝腎の動機まですたれてしまう

 十九世紀のフランスの作家ガストン・ド・レヴィスは「運動して体力がつくように、熟考すると精神力が高まる」と言っていますが、はたして、そうでしょうか。
 ゴルフに関する格言に、あれこれ考えるからミスを誘発する。下手なら下手でいい。熟考してミスすると、後悔が長引くから、さっさとミスして次のことをやったほうがましだ、というのがあるそうです。「いかなる問題も、それをつくりだした同じ意識によって解決することはできない」(アインシュタイン)のです。
 そうだとすれば、いつまでも熟考するのは考えものです。山田美妙はこのことについて、世間の人たちは熟考を大事なことと考えているようだが、熟考は迷想にすぎない、熟考していてもろくなことはない、と言い切っています。
 山田美妙はさまざまな方面に手を伸ばし、大成しなかった作家とも言われますが、明治期の言文一致や新体詩運動に功績を残し、歴史小説に本領を発揮しています。明治という時代にあって、新しい文学をつくりだすべく果敢に断行した人だったのです。
 確かに事に当たって熟考・熟慮は必要ですが、熟考・熟慮だけしていて断行を忘れたものには運命の神は微笑まないのです。ドイツの文豪シラーも、あまり熟慮しすぎるものは大したことをできない、と断言しています。
 森鷗外は『青年』のなかで、「人間は遅疑しながら何かするときは、その行為の動機をありあわせのものに帰する」と書いています。熟考するあまりに遅疑、つまり、しようかしまいか決しかねてぐずぐずしていると、何かをしようとした動機そのものがすたれてしまうのです。ですから、あらかじめ考えをよくまとめてからでないと仕事ができないなどと言っていたのでは、チャンスを逸してしまって、仕事を逃れる口実と受け取られかねません。

  行動なくして認識なし

 そもそも、いくら考え抜いたところで先のことを完全に見通すことはできませんから、動機がすたれてしまわないうちに単刀直入にやったほうがいいのです。『エクセレント・カンパニー』で知られる経営コンサルタントのトム・ピーターズは、「『熟考のすえに行動しろ』は戦略おぼっちゃまたちの呪文にすぎない」と言い切っています。
「熟慮し動かぬ賢者より、拙速でも実行する愚者でありたい」と言った人がいますが、池に小石を投じてみなければ、それによって起こる波が大波なのか小波なのか、自分に向かってくる波なのか去っていく波なのか、確かめようがありません。
 百段の階段があったならば、その頂点に行くにはどうしらいいかを熟考していても、ラチがあきません。それよりは、一段、二段、三段と、まずは昇ってみることです。すると、おのずと何が不足しているのか、何をしなければならないかが見えてきて、四段目、五段目のステップへの備えをすることができるのです。
 行動というものは、常に判断の停止と批判の中止とによって、はじめて可能になる、「現実を凝視せよ」という言葉を濫用してはならない、と福田恆存は言っています。たとえば、資料が十分に出そろってから仕事に移るべきだと考えるとしたら、私たちは永遠に仕事などできません。私たちは認識のためにも行動しなければならないのです。
 熟慮断行ではなくて、断行熟慮せよ、これが山田美妙が伝えようとした核心なのです。

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第58回 〝しかし〟で壁を突破せよ

◇ 川端康成の叱咤激励

   
    〝しかし〟という接続詞による、 
    思考の変換か屈折で、
    悩みのゆきづまりが救われたり、
    新しい道が通じたりするのは、
    人間の習いじゃありませんか。
    〝しかし〟の通用しない天国にも地獄にも、
    僕らは住んでいません。

          『たんぽぽ』(講談社文芸文庫)


  過去と同じ意識でいたのでは打開できない

「誰もが自分自身の視野の限界を世界の限界だと思い込んでいる」とドイツの哲学者ショーペンハウエルは言っていますが、たとえばこれまでその仕事で失敗したことが何度もあるのに、またその仕事を割り振られたとき、「過去に何度も心配しているから絶対にできない」と決めつけてしまうことがあります。しかし、自分で自分の限界を決めてしまったのでは自分を見失うことになりかねません。未来は過去の延長線上にはないのですから、過去と同じ意識でいたのでは問題は解決しないのです。
 そんなとき、「その仕事は苦手だけれど、しかし、考えてみれば、その苦手を克服するいいチャンスをもらったんだ」というふうに、ぶち当たった壁に意味を見出すことができれば、それだけで打開の一歩を踏み出したことになるのです。
「ものは考えよう」と言いますが、川端康成は、「ものは考えよう」という思考の転換のキーワードになるのが「しかし」であると言っています。人は前を見ているつもりで実はバックミラーを見ていると言われるように、誰でも行きづまったり、悩んでいるときには、後ろ向きになるものです。そんなとき、「しかし、ちょっと待てよ」と、問題の原因を違った角度から眺めてみる。すると、乗り越えられないと決めつけていた壁に挑戦する価値があることがわかり、展望が開けたり、打開策が見えてくるのです。五十歳を超えたので「もう今からでは無理だ」とあきらめるのか、「しかし、ちょっと待てよ。今からでもできはずだ」と思うのか、この「しかし」を介した「では」から「でも」への転換は、五年後、十年後の人生に大きな違いをもたらします。

  俯瞰で人生を眺めよ

 作家の黒川創さんは「自分を突き放すことは、救いにもなる。距離がないとユーモアもロマンも生まれない。全部わからないのが人生だとしても、距離によって見えてくるものから、生きる工夫も生まれてくるはずです」と言っています。
 黒川さんは俯瞰の小説作法にその特徴がありますが、行きづまったときに俯瞰してみること、それは、生きる上でも大切な作法と言えるのではないでしょうか。「しかし……」とワンポーズおいて、さまざな角度や距離から見つめ直すことで、生きる工夫が発見できるのです。「物事は両面からみる。それでは平凡な答えが出るにすぎず、智恵は湧いてこない。いまひとつ、とんでもない角度──つまり天の一角から見おろすか、虚空の一点を設定して見おろすか、どちらかにしてみれば問題はずいぶんかわってくる」(司馬遼太郎)のです。
 行きづまったときに、自分が本当に何を求めているのか、どう生きたいのかをはっきりさせることなく、ノウハウやテクニックを人の成功体験に求めて自分を変えていこうとしがちですが、そうした他力本願の啓発は、自分とのズレを生じて自己矛盾におちいってしまいがちです。
 城山三郎は「打たれて傷ついた身が、健康人と同じことができるはずがない。傷ついた男は、傷ついた身にふさわしい生き方、生きていく工夫がある。健康人をまねて、むやみにあがき嘆くのではなく、頭を切りかえ、いまの身でできる最良の生き方を考えることである」と、行きづまったからといって、人と同じことをしようとして自分を見失わないようにと戒めています。「大病にせよ、大失敗にせよ、人生のすべてを観察というか、好奇心の対象として眺めるゆとりを持つ限り、人は必ず再起できる」のですから、「しかし……」といったん自分を突き放して眺めてみるといいのです。

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第57回 思慮深く模倣せよ

◇ 亀井勝一郎の叱咤激励


    独創とは一の空語にすぎますまい。
    大切なのは模倣です。
    模倣とは、その外見を「猿まね」することではない。
    その作品にそそがれた並々ならぬ努力の時間、
    そこに払われた苦悩を模倣することである。

      『愛の無常について』(ハルキ文庫)
      『黄金の言葉 思索する心のために』(大和書房)


  模倣はたんなる真似ではない

 模倣はいけない、創造性こそが大事だと言われはじめたのは、ここ十数年のことでしょうか。自己啓発の本には、「人真似をしてはならないのです。誰のことも模倣してはなりません。自分のかけがえのなさを世界に示しなさい。そうすれば、世界はあなたに黄金をもって応えるでしょう」などと模倣を戒めています。
 しかし、いまだかつて、模倣は創造性・独創性よりも劣るなどとみなされたことは、一度たりともなかったと言っていいのです。
 模倣と独創について亀井勝一郎は、純粋に独創的であろうとすることはたんなる妄想にすぎない、と断言しています。
「人はよく独創の話をしますが、生れおちたときから、この世の影響をうけ、邂逅によってさらに生れ変らされたとすれば、独創とは一の空語にすぎますまい。大切なのは模倣です。邂逅の相手を模倣すること。人は模倣を蔑みますが、もしほんとうに釈迦やキリストの模倣が出来たらどういうことになるか。模倣とは真似でなく、自己放棄なのです。(中略)ここに創造の真の母胎があります」
 創造性・独創性が重要であると言われはじめたのには、「模倣は簡単にできる」という先入観があるからかもしれませんが、もし私たちが釈迦やキリストの模倣ができたらすごいことですが、それはまずあり得ません。
 そもそも「習う」は「倣う」と書くように、ものを教わるときは模倣から始めます。ところが、人はとかく自分に信頼を置きたがるので、自我が頭をもたげて、素直に倣うことを妨げようとします。水をたっぷり含んだスポンジに水を吸わそうとしても無理なように、いったん水を絞って、常識や先入観などを捨てる必要があります。自分をまっさらにして率直に「学ぶ=真似ぶ」ことで、自分のなかに「生まれ変わる作用」が生じてはじめて、模倣が血となり肉となり独創へと通じる。だから、模倣はたんなる真似ではないのだ、と亀井勝一郎は説いているのです。
 ゲーテは「つとめて自分に欠けたものを学びとろうと欲しない人は、独創性を誤解しているのだ。生来のものだけではなく、習得したものもまた、わたしの所有である。その両者がわたしである」と、独創性だけにこだわったのでは、自分を見失うことになると戒めています。

  先人の生きる姿勢に倣え

 亀井勝一郎は、「模倣とは、その外見を『猿まね』することではない。その作品にそそがれた並々ならぬ努力の時間、そこに払われた苦悩を模倣することである。このように考えたら、模倣そのものさえ、いかに難しいかが理解しうるだろう。もし模倣がこのようにしてつみかさねられたら、そのとき必ず、そこに模倣者の独創性があらわれるはずだ」と言っています。
 知識や技術など、目に見えるもののみに心を奪われるのではなく、本当に倣うべきもの、それは形や言葉になっていないものなのです。松尾芭蕉も「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ」と言っています。先人が理想として追い求めたもの、方法論、姿勢、精神などを追求しなければならないというわけです。
 芸術は模倣であると言われますが、それはたんなる技法の真似ではなく、その技法を生み出すに到った過程、その人の生き方に「倣う」姿勢が求められます。それなくして、模倣から独創性は生まれないのです。まさしく「独創力とは思慮深い模倣以外の何ものでもない」(フランスの思想家ヴォルテール)のです。

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第56回 積極的に背伸びせよ

◇ 城山三郎の叱咤激励


    背伸びして視野をひろげているうち、
    背が伸びてしまうということもあり得る。
    それが人生のおもしろさである。
    人生は挑まなければ、応えてくれない。
    うつろに叩けば、うつろにしか応えない。

           『人生の流儀』(新潮文庫)


  背伸びをしなければ背は伸びない

 実力以上のことをしようとしたり、本当の自分よりもよく見せようとしたり、格好をつけて自分を着飾ってみても、結局はどこかに無理が出てしまう。だから、背伸びをしないことが大事だと言われます。これに反して城山三郎は、「背伸びして視野をひろげているうち、背が伸びてしまうということもあり得る。それが人生のおもしろさである」と、むしろ積極的に背伸びすることを奨めています。
 背伸びをして視野を広げると、不思議と実力が上がることがあります。背伸びをすることで高い目標を掲げることになり、その目標に向かって経験や思考を活用すれば、自分自身から多くのものを引き出すことになるからです。
 司馬遼太郎は「人間、思いあがらずになにができましょうか。(中略)才ある者は思いあがってこそ、十の力を十二にも発揮することができ、膂力のある者はわが力優れりと思えばこそ、肚の底から力がわきあがってくるものでござります」と『国盗り物語』に書いていますが、才能や力のあるなしにかかわらず、目標を立ててそれに向かって背伸びをしてこそ、十の力を十二にも発揮することができるのです。
 自分の力量に応じて無難に一〇〇パーセントをねらって達成できないと、九〇パーセントに目標を下げる。それでもうまくいかないと、八〇、 七〇と目標がどんどん下がっていく。だからといって二〇〇パーセントをねらえば失敗する。そこでちょっと背伸びをして、一一〇とか一二〇パーセントにねらいを定めると、ときには達成できるようになる。そんなことを繰り返していくと、いつのまにか一二〇パーセントのパフォーマンスがあたりまえになる、という話を読んだことがあります。
 このように少しずつ前に進んでいるという達成感はとても大事です。その感覚を味わうためにも背伸びは欠かせません。背伸びをしないと背は伸びないにもかかわらず、今の社会や教育は、型にもはめないけれど、けっして無理もさせないという風潮になっています。誰にでも「背伸びをしたい」という気持ちがあるのですから、その芽をつんでしまう手はありません。

  人生は挑めば応えてくれる

 野上彌生子は、人間がある以上のものに自分を見せたがる心理は、よく考えると、なかなか大事なことだ。それは、正義や美や愛がいかに貴重であるかを認識しているからである、と言っています。城山三郎は「気骨の人」と評されますが、それは彼が正義ということを認識していたからにほかなりません。
 城山三郎の妻が亡くなったとき、アメリカから急きょ帰国した長男が葬儀場で目にしたものは、祭壇の中央に置かれた著名人からの花輪を脇にどけて、そこに妻と親しかった人や親戚からの花輪を移動させている城山の姿だったそうです。
 城山三郎は作家としては遅まきのスタートでしたが、経済小説や評伝に新機軸を打ち立てようと、「筆一本、箸二本」をモットーに、壁があると思えば本当に壁が立ちはだかってしまうが、大人が一年間ムキになってやれば、たいていのことは立派な専門家になれる、と自らを叱咤して精進したのです。城山三郎は、心の芯をぶれさすことなく背伸びをしてきた人だと言ってもいいのではないでしょうか。
「人生は挑まなければ、応えてくれない。うつろに叩けば、うつろにしか応えない」と城山三郎は書いていますが、背伸びをして挑めば、必ずや応えてくれるものがあるのです。

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第55回 人のために幸福であれ

◇ 三木清の叱咤激励


    あらゆる事柄において、幸福は力である。
    機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、
    寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現われる。
    鳥の歌うがごとくおのずから外に現われて
    他の人を幸福にするものが真の幸福である。

            『人生論ノート』(新潮文庫)


  幸せの花咲婆さんになれ

 作家の宇野千代の秘書として、三十八年間、生活を共にし、最期を看取った藤江淳子さんが、「『私は花咲婆さんになりたい』晩年の先生はいつもこう言っていました。大きなざる一杯に詰めてある『幸福』を、まるで花でも咲かせるように木の上からばらまきたい、と。その言葉どおり、周りの人間はいつも先生に幸せにして頂きました」と、雑誌に書いているのを目にしたことがあります。
 宇野千代は、岩国高等女学校(現山口県立岩国高等学校)を卒業後、教員を経て結婚しますが、大正十年(一九二一)、「時事新報」の懸賞短編小説に『脂粉の顔』が一等当選し、作家としてデビュー。幼い子どもを置いて上京します。作家としてだけではなく、デザイナー、編集者、実業家など多才で知られ、尾崎士郎、東郷青児、北原武夫との結婚・破局という波瀾の人生を送ったことでも知られています。
 しかし、四十年近く宇野千代と一緒に暮らした藤江さんは、宇野が取り乱したり、涙を流すところを一度たりとも見たことがなかったといいます。四番目の夫で作家の北原武夫と離婚したのは六十六歳のとき。女優をしていた北原の新しい妻が、宇野作品の舞台に出たいということを伝え聞くと、演出家に頼んで役を設けてもらっています。宇野が〝幸せの花咲婆さん〟であったことが、このエピソードからもわかります。
 三木清も『人生論ノート』に〝花咲婆さん〟的幸福論を書いています。
「機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現われる。歌わぬ詩人というものは真の詩人ではないごとく、単に内面的であるというような幸福は真の幸福ではないであろう。幸福は表現的なものである。鳥の歌うがごとくおのずから外に現われて他の人を幸福にするものが真の幸福である」
 われわれが愛するものに対して、自分が幸福であることよりなお以上の善いことをなしえるであろうか。日常の小さな仕事から、喜んで自分を犠牲にするということに至るまで、「あらゆる事柄において、幸福は力である」。幸福というものが自分の心に宿ると、上機嫌になり、人に対して丁寧に接したり、親切に、寛大になれる。自然に他の人を幸福にするものこそが真の幸福というものだ、と三木清は説いています。

  幸せの連鎖を起こせ

 アランは、「人に幸福を与えるためには自分自身のうちに幸福を持っていなければならない」と言っています。自分の心のうちに幸福を感じることができれば、自然に周囲の人たちも幸福であってほしいという気持ちが湧いてきて、人の幸福のために自分は何ができるだろうかと考え、できることをやろうとします。その結果、幸福な人が増えていきます。幸せの連鎖の出発点は、自分が幸福だと思えることにあるのです。
 人に何かをしてもらって嬉しかったなら、その感謝と喜びの気持ちをその人に返すのではなく、別の人に同じようにしてみる。こんなふうに、別の人に幸福感を伝えてていくことが結果的に何かをしてくれた人へのなによりのお返しになると同時に、それによって幸せの輪が広がっていくことになるのです。
「花明かり」という言葉があります。桜が満開になると、夜の暗闇のなかで桜の木のまわりだけは、ほのかに明るく感じられることを指した言葉です。そして、その桜を愛でる私たちの心も温かい気分になります。「私は花咲婆さんになりたい」と言っていた宇野千代は、自分を花開かせることがほかの人にも花を咲かせることを身をもって実証した人でした。私たちもそのような「花のある人」になりたいものです。

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第54回 ささいなことをあなどるな

◇ 芥川龍之介の叱咤激励

   
    人生を幸福にするためには、
    日常の瑣事を愛さなければならぬ。
    微妙に楽しむためには、
    やはりまた微妙に苦しまなければならぬ。
    人生を幸福にするためには、
    日常の瑣事に苦しまなければならぬ。  
    
      『侏儒の言葉』(「侏儒の言葉・文芸的な、余りに
                    文芸的な」岩波文庫)


  〝瑣事加減〟をあやまるな

 日々の生活はほとんどが同じことの繰り返しです。心躍るようなトピックが毎日のようにあるわけではありません。人生は毎日の積み重ねの上に築かれるわけですから、おびただしい数の「平凡」の堆積が人生とも言えます。ですから、毎日のささないことをおろそかにしたのでは人生は充実しません。
 ところが私たちはややもすると、こんなささいなことは真面目にやらなくてもかまわないとか、今日でもなくてもいつでもできるとか、こんなことに苦労するのはごめんだと言い訳をして、受け流したり、先送りにしようとします。
 そんな私たちに芥川龍之介は、毎日の取るに足らないことをおろそかにしてはならない、と戒めています。
「人生を幸福にするためには、日常の瑣事を愛さなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、あらゆる日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じなければならない。(中略)芭蕉の一生は享楽の一生であると共に、誰の目にも受苦の一生である。我々も微妙に楽しむためには、やはりまた微妙に苦しまなければならぬ。人生を幸福にするためには、日常の瑣事に苦しまなければならぬ」
瑣事とは取るに足らない小さいことを指します。
 雲の間から洩れる日の光、鳥の鳴き声から料理や洗濯に至るまで、毎日のささいなことを楽しめないでいたのでは、幸福は感じられません。同じことをやるのでも、見聞きするのでも、楽しむ心があってはじめて充足感を得ることができるのです。
 その一方で、日々の生活のなかで悲しみや苦労や苦しさに息が詰まりそうになることもあります。そうした苦い思いもまた人生の重要な一部分を占めていますから、そんな思いをも大事にできる心があってこそ、人生は幸せなものになるのです。
 アランは『幸福論』で、「よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ」と言っていますが、日常の取るに足りない小さな出来事を楽しめるかどうか、と同時に日常のささいなことに苦しみながらも大事にすることができるかどうか、すべては自分の〝瑣事加減〟にかかっているのです。

  人生の細部に命は宿る

「幸福とは幸福を問題にしないときを言う」というふうに、めったに起きないような出来事で幸せになることはまずないと言ってもかまいません。幸福は私たちの日々の生活の少しずつの前進がもたらしてくれるのですから、楽し思いと苦しい思いのあいだを揺れるシーソーの上で上手にバランスをとって少しずつ前進していかなければなりません。
 人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしい。しかし重大に扱わなければ危険である、芥川龍之介は言っていますが、人生の細部に命は宿ると言われるように、瑣事加減を間違えれば人生はマッチのように発火して、自分を見失うことになりかねないのです。
 微妙に楽しむためには微妙に苦しまなけれならないのが人生ゲームの基本ですから、「日常の瑣事にいのちあれ/生活のくまぐまに緻密なる光彩あれ」(高村光太郎「晩餐」)と心にとめつつ毎日の生活に向き合わなければなりません。もし「こういうゲームのばかばかしさに憤慨を禁じ得ないものはさっさと埒外に歩み去るしかない」(芥川龍之介)のです。

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第53回 人生に即効薬を求めるな

◇ 夏目漱石の叱咤激励


    むやみにあせってはいけません。
    ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です。
    あせってはいけません。頭を悪くしてはいけません。
    根気ずくでお出でなさい。
    うんうん死ぬまで押すのです。
    人間を押すのです。

         三好行雄・編『漱石書簡集』(岩波文庫)


  生きることにむやみに焦るな

『七日間で人生を変えよう』『自分の人生をレバレッジにかけなさい』など「即効」ばやりの時代ですが、人生という長いスパンで見たとき、即効薬は本当に効用があるのでしょうか。夏目漱石は、人生における「即効」に異を唱えた人でした。
 夏目漱石は生涯に二千五百通の手紙を残したといいます。出久根達郎さんは「漱石は、人生の教師でした。日本で最高最大の教師でした。(中略)私たちに、『人は生くるに、かくあるべき』という教えを、手紙でわかりやすく、さまざまに説いてくれた、世情に通じた教師でした」と評しています。
 芥川龍之介と久米正雄にとっても、漱石は文学の師であるとともに人生の教師でもありました。漱石は何度も、将来を嘱望されたこの二人に手紙を書いていますが、そこには「牛」という文字がたびたび出てきます。
「あなたがたから端書がきたから奮発してこの手紙を上げます。僕はあいかわらず『明暗』 を午前中書いています。(中略)勉強をしますか。何か書きますか。君方は新時代の作家になるつもりでしょう。僕もそのつもりであなた方の将来を見ています。どうぞ偉くなって下さい。しかしむやみにあせってはいけません。ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です。文壇にもっと心持の好い愉快な空気を輸入したいと思います。(中略)これは両君とも御同感だろうと思います」(大正五年八月二十一日)
 このように、漱石は晩年(この手紙を送った年の十二月に漱石は亡くなっている)、とかく才能をたのみ、疾駆するように作品を書きつらねていこうとする若い二人に、生きることに焦って自分を見失うことがないようにと警鐘を鳴らしたのです。

  一個の人間としての自分を押していけ

「牛になる事はどうしても必要です。われわれはとかく馬になりたがるが、牛にはなかなかなり切れないです。(中略)あせってはいけません。頭を悪くしてはいけません。根気ずくでお出でなさい。世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。それだけです。決して相手を拵らえてそれを押しちゃいけません。相手はいくらでも後から後からと出てきます。そうしてわれわれを悩ませます。牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません」
 この手紙でも漱石は、牛のように根気強く、地面に足をつけ、世間の風評を気にせず、自分らしさを大事にして思い定めた道を進め。世の中は根気のある仕事は評価するが、花火のように華やかではあるが短命に終わる仕事はすぐに忘れられてしまう。「文士」である前に「人間」であれ。「文士」で立ち向かおうとすればライバルはいくらでも出現する。文士という〝肩書〟で仕事をしようとは思うな。自分を見失うことなく黙々と〝一個の人間〟としての自分を押していけ、と説いたのです。
 世間から評価を得たいと焦って、バイパスを抜けるという安易な考えにとらわれたのでは、早晩、行きづまるのは目に見えています。結局のところ、目標に至る道をあせらずにひたすら一歩一歩運んでいくしか、達成の道はないと言ってもいいのです。
 志賀直哉も「しどろもどろの歩き方でなく、大地を一歩一歩踏みつけて、手を振って、いい気分で、進まねばならぬ。急がずに、休まずに。(中略)あるところであきらめることで平安を得たくない。あきらめず、捨てず、何時までも追求し、その上で本統の平安と満足を得たい」と言っています。


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第52回 幸福を人生の目的にするな

◇ 三島由紀夫の叱咤激励


   足るを知る人間なんか誰一人いない。
   それでこそ社会は生成発展するのである。
   空虚な目標であれ、
   目標をめざして努力する過程にしか
   人間の幸福が存在しない。

    『小説家の息子』(「三島由紀夫のエッセイ1
             私の遍歴時代」ちくま文庫)


  努力によって変わる自分を実感せよ

 ブログには若い人たちの「幸せさがし」があふれています。「幸せになれる」をうたい文句にした〝レシピ本〟も続々と出版されています。
 若い人をとらえて離さない幸福について三島由紀夫は、「若さが幸福を求めるなどというのは衰退である。(中略)かりにも若さがおのれの安楽を求めるときは、若さ自体の価値をないがしろにしているのである」と断言しています。
 自分の息子が小説家である自分の影響を受けて精神的遊蕩児になることを怖れる三島は、「足るを知る人間なんか誰一人いない。それでこそ社会は生成発展するのである」と前置きして、「空虚な目標であれ、目標をめざして努力する過程にしか人間の幸福が存在しない」とすれば、結局は息子自身の能力と意志にかかわることであり、自分の息子であれば、多少のことにすぐ挫けたり、ひがんだり、敗北したりする人間にはならないだろうと書いています。
 独りで航海に出ることを想像してください。ひとりぼっちで、退屈で、不安で、淋しい。好きこのんで独りで航海に出なくてもいいのに、なぜか大海原を渡るために奮闘することに幸福を感じている。三島の言う、目標をめざして努力する過程に幸せがあるというのは、このようなことなのだと思います。
 われわれの努力に報いる最も価値のある宝石は、努力のあとに得られる成果ではなく、その過程でつくられるわれわれ自身の姿だ、という言葉もあるように、大海原を渡るとき、風がやんで停滞するときもあれば、大嵐に翻弄されることもあるけれど、それを乗り越えたとき、自分が成長していることに気づく。努力によって変わっていく自分を実感できること、これこそが幸福ということなのです。
 宮沢賢治も「ほんとうにどんなにつらいことでも、それがただしいみちを進む中でのできごとなら、峠の上り下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつです」と言っています。

  今していることを好きになれ

「幸福を得る唯一の方法は、幸福そのものを目的とせず、幸福以外の何かを人生の目的とすることだ」と功利主義で知られるJ・S・ミルは言っています。たとえば仕事そのものに幸福を見出そうとすると、こんな小さな仕事は成果も高が知れているからやってられないということになってしまいます。そうではなくて、自分を磨くことにこそ仕事の目的があると思えれば、どんな仕事でも一所懸命に向き合おうという気持ちになれます。一所懸命に努力するときほど楽しいことはありませんし、人から見ればたいしたことはなくても一足ごとに満足感、幸福感が味わえるのです。
 そもそも幸福は、人と比べてどうこうという、相対的な視点からとらえるものではありません。幸福感とは個人の絶対的な価値ですから、どんな仕事であろうと「幸福に近づく一歩」に変わりはないのです
 三島由紀夫はサド侯爵夫人に「幸福というのは、肩の凝る女の手仕事で、刺繍をやるようなものよ。ひとりぼっち、退屈、不安、淋しさ、もの凄い夜、恐ろしい朝焼け、そういうものを一目一目、手間暇をかけて織り込んで、平凡な薔薇の花の、小さな一枚の壁掛けを作ってほっとする」と言わせています。幸せとは、欲しいものを得ることではなく、 たとえつらいことでも今していることを好きになって、進んで努力できるようになることにあるということを教えられます。

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