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2012年2月16日 (木)

第52回 幸福を人生の目的にするな

◇ 三島由紀夫の叱咤激励


   足るを知る人間なんか誰一人いない。
   それでこそ社会は生成発展するのである。
   空虚な目標であれ、
   目標をめざして努力する過程にしか
   人間の幸福が存在しない。

    『小説家の息子』(「三島由紀夫のエッセイ1
             私の遍歴時代」ちくま文庫)


  努力によって変わる自分を実感せよ

 ブログには若い人たちの「幸せさがし」があふれています。「幸せになれる」をうたい文句にした〝レシピ本〟も続々と出版されています。
 若い人をとらえて離さない幸福について三島由紀夫は、「若さが幸福を求めるなどというのは衰退である。(中略)かりにも若さがおのれの安楽を求めるときは、若さ自体の価値をないがしろにしているのである」と断言しています。
 自分の息子が小説家である自分の影響を受けて精神的遊蕩児になることを怖れる三島は、「足るを知る人間なんか誰一人いない。それでこそ社会は生成発展するのである」と前置きして、「空虚な目標であれ、目標をめざして努力する過程にしか人間の幸福が存在しない」とすれば、結局は息子自身の能力と意志にかかわることであり、自分の息子であれば、多少のことにすぐ挫けたり、ひがんだり、敗北したりする人間にはならないだろうと書いています。
 独りで航海に出ることを想像してください。ひとりぼっちで、退屈で、不安で、淋しい。好きこのんで独りで航海に出なくてもいいのに、なぜか大海原を渡るために奮闘することに幸福を感じている。三島の言う、目標をめざして努力する過程に幸せがあるというのは、このようなことなのだと思います。
 われわれの努力に報いる最も価値のある宝石は、努力のあとに得られる成果ではなく、その過程でつくられるわれわれ自身の姿だ、という言葉もあるように、大海原を渡るとき、風がやんで停滞するときもあれば、大嵐に翻弄されることもあるけれど、それを乗り越えたとき、自分が成長していることに気づく。努力によって変わっていく自分を実感できること、これこそが幸福ということなのです。
 宮沢賢治も「ほんとうにどんなにつらいことでも、それがただしいみちを進む中でのできごとなら、峠の上り下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつです」と言っています。

  今していることを好きになれ

「幸福を得る唯一の方法は、幸福そのものを目的とせず、幸福以外の何かを人生の目的とすることだ」と功利主義で知られるJ・S・ミルは言っています。たとえば仕事そのものに幸福を見出そうとすると、こんな小さな仕事は成果も高が知れているからやってられないということになってしまいます。そうではなくて、自分を磨くことにこそ仕事の目的があると思えれば、どんな仕事でも一所懸命に向き合おうという気持ちになれます。一所懸命に努力するときほど楽しいことはありませんし、人から見ればたいしたことはなくても一足ごとに満足感、幸福感が味わえるのです。
 そもそも幸福は、人と比べてどうこうという、相対的な視点からとらえるものではありません。幸福感とは個人の絶対的な価値ですから、どんな仕事であろうと「幸福に近づく一歩」に変わりはないのです
 三島由紀夫はサド侯爵夫人に「幸福というのは、肩の凝る女の手仕事で、刺繍をやるようなものよ。ひとりぼっち、退屈、不安、淋しさ、もの凄い夜、恐ろしい朝焼け、そういうものを一目一目、手間暇をかけて織り込んで、平凡な薔薇の花の、小さな一枚の壁掛けを作ってほっとする」と言わせています。幸せとは、欲しいものを得ることではなく、 たとえつらいことでも今していることを好きになって、進んで努力できるようになることにあるということを教えられます。

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