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2012年2月16日 (木)

第53回 人生に即効薬を求めるな

◇ 夏目漱石の叱咤激励


    むやみにあせってはいけません。
    ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です。
    あせってはいけません。頭を悪くしてはいけません。
    根気ずくでお出でなさい。
    うんうん死ぬまで押すのです。
    人間を押すのです。

         三好行雄・編『漱石書簡集』(岩波文庫)


  生きることにむやみに焦るな

『七日間で人生を変えよう』『自分の人生をレバレッジにかけなさい』など「即効」ばやりの時代ですが、人生という長いスパンで見たとき、即効薬は本当に効用があるのでしょうか。夏目漱石は、人生における「即効」に異を唱えた人でした。
 夏目漱石は生涯に二千五百通の手紙を残したといいます。出久根達郎さんは「漱石は、人生の教師でした。日本で最高最大の教師でした。(中略)私たちに、『人は生くるに、かくあるべき』という教えを、手紙でわかりやすく、さまざまに説いてくれた、世情に通じた教師でした」と評しています。
 芥川龍之介と久米正雄にとっても、漱石は文学の師であるとともに人生の教師でもありました。漱石は何度も、将来を嘱望されたこの二人に手紙を書いていますが、そこには「牛」という文字がたびたび出てきます。
「あなたがたから端書がきたから奮発してこの手紙を上げます。僕はあいかわらず『明暗』 を午前中書いています。(中略)勉強をしますか。何か書きますか。君方は新時代の作家になるつもりでしょう。僕もそのつもりであなた方の将来を見ています。どうぞ偉くなって下さい。しかしむやみにあせってはいけません。ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です。文壇にもっと心持の好い愉快な空気を輸入したいと思います。(中略)これは両君とも御同感だろうと思います」(大正五年八月二十一日)
 このように、漱石は晩年(この手紙を送った年の十二月に漱石は亡くなっている)、とかく才能をたのみ、疾駆するように作品を書きつらねていこうとする若い二人に、生きることに焦って自分を見失うことがないようにと警鐘を鳴らしたのです。

  一個の人間としての自分を押していけ

「牛になる事はどうしても必要です。われわれはとかく馬になりたがるが、牛にはなかなかなり切れないです。(中略)あせってはいけません。頭を悪くしてはいけません。根気ずくでお出でなさい。世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。それだけです。決して相手を拵らえてそれを押しちゃいけません。相手はいくらでも後から後からと出てきます。そうしてわれわれを悩ませます。牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません」
 この手紙でも漱石は、牛のように根気強く、地面に足をつけ、世間の風評を気にせず、自分らしさを大事にして思い定めた道を進め。世の中は根気のある仕事は評価するが、花火のように華やかではあるが短命に終わる仕事はすぐに忘れられてしまう。「文士」である前に「人間」であれ。「文士」で立ち向かおうとすればライバルはいくらでも出現する。文士という〝肩書〟で仕事をしようとは思うな。自分を見失うことなく黙々と〝一個の人間〟としての自分を押していけ、と説いたのです。
 世間から評価を得たいと焦って、バイパスを抜けるという安易な考えにとらわれたのでは、早晩、行きづまるのは目に見えています。結局のところ、目標に至る道をあせらずにひたすら一歩一歩運んでいくしか、達成の道はないと言ってもいいのです。
 志賀直哉も「しどろもどろの歩き方でなく、大地を一歩一歩踏みつけて、手を振って、いい気分で、進まねばならぬ。急がずに、休まずに。(中略)あるところであきらめることで平安を得たくない。あきらめず、捨てず、何時までも追求し、その上で本統の平安と満足を得たい」と言っています。


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