« 第54回 ささいなことをあなどるな | トップページ | 第56回 積極的に背伸びせよ »

2012年2月16日 (木)

第55回 人のために幸福であれ

◇ 三木清の叱咤激励


    あらゆる事柄において、幸福は力である。
    機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、
    寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現われる。
    鳥の歌うがごとくおのずから外に現われて
    他の人を幸福にするものが真の幸福である。

            『人生論ノート』(新潮文庫)


  幸せの花咲婆さんになれ

 作家の宇野千代の秘書として、三十八年間、生活を共にし、最期を看取った藤江淳子さんが、「『私は花咲婆さんになりたい』晩年の先生はいつもこう言っていました。大きなざる一杯に詰めてある『幸福』を、まるで花でも咲かせるように木の上からばらまきたい、と。その言葉どおり、周りの人間はいつも先生に幸せにして頂きました」と、雑誌に書いているのを目にしたことがあります。
 宇野千代は、岩国高等女学校(現山口県立岩国高等学校)を卒業後、教員を経て結婚しますが、大正十年(一九二一)、「時事新報」の懸賞短編小説に『脂粉の顔』が一等当選し、作家としてデビュー。幼い子どもを置いて上京します。作家としてだけではなく、デザイナー、編集者、実業家など多才で知られ、尾崎士郎、東郷青児、北原武夫との結婚・破局という波瀾の人生を送ったことでも知られています。
 しかし、四十年近く宇野千代と一緒に暮らした藤江さんは、宇野が取り乱したり、涙を流すところを一度たりとも見たことがなかったといいます。四番目の夫で作家の北原武夫と離婚したのは六十六歳のとき。女優をしていた北原の新しい妻が、宇野作品の舞台に出たいということを伝え聞くと、演出家に頼んで役を設けてもらっています。宇野が〝幸せの花咲婆さん〟であったことが、このエピソードからもわかります。
 三木清も『人生論ノート』に〝花咲婆さん〟的幸福論を書いています。
「機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現われる。歌わぬ詩人というものは真の詩人ではないごとく、単に内面的であるというような幸福は真の幸福ではないであろう。幸福は表現的なものである。鳥の歌うがごとくおのずから外に現われて他の人を幸福にするものが真の幸福である」
 われわれが愛するものに対して、自分が幸福であることよりなお以上の善いことをなしえるであろうか。日常の小さな仕事から、喜んで自分を犠牲にするということに至るまで、「あらゆる事柄において、幸福は力である」。幸福というものが自分の心に宿ると、上機嫌になり、人に対して丁寧に接したり、親切に、寛大になれる。自然に他の人を幸福にするものこそが真の幸福というものだ、と三木清は説いています。

  幸せの連鎖を起こせ

 アランは、「人に幸福を与えるためには自分自身のうちに幸福を持っていなければならない」と言っています。自分の心のうちに幸福を感じることができれば、自然に周囲の人たちも幸福であってほしいという気持ちが湧いてきて、人の幸福のために自分は何ができるだろうかと考え、できることをやろうとします。その結果、幸福な人が増えていきます。幸せの連鎖の出発点は、自分が幸福だと思えることにあるのです。
 人に何かをしてもらって嬉しかったなら、その感謝と喜びの気持ちをその人に返すのではなく、別の人に同じようにしてみる。こんなふうに、別の人に幸福感を伝えてていくことが結果的に何かをしてくれた人へのなによりのお返しになると同時に、それによって幸せの輪が広がっていくことになるのです。
「花明かり」という言葉があります。桜が満開になると、夜の暗闇のなかで桜の木のまわりだけは、ほのかに明るく感じられることを指した言葉です。そして、その桜を愛でる私たちの心も温かい気分になります。「私は花咲婆さんになりたい」と言っていた宇野千代は、自分を花開かせることがほかの人にも花を咲かせることを身をもって実証した人でした。私たちもそのような「花のある人」になりたいものです。

|

« 第54回 ささいなことをあなどるな | トップページ | 第56回 積極的に背伸びせよ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第55回 人のために幸福であれ:

« 第54回 ささいなことをあなどるな | トップページ | 第56回 積極的に背伸びせよ »