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2012年2月14日 (火)

第0回 命を磨く言葉

 
  はじめに──文豪の「マインドセット」にならう人生の核心


  人生をつくる努力こそ人間の仕事

 「ひょっとすると
 『人間』は『出来損い』じゃあるまいか!?」

 八木重吉はわずか二行の詩にこう書いていますが、ひょっとしなくても、人間は充分に出来損ないの生き物と言えるかもしれません。
 夏目漱石は、人間はどう教育したって不完全なものである。初めはもちろんのこと、いつまで行っても不純である。人間は生きて苦しむための動物かもしれない。人間の定義を言うと、ただ不必要なことを捏造して自ら苦しんでいる以外のなにものでもない、と断言しています。石川啄木は、人間の最後の発見は、人間それ自身がちっとも偉くなかったということだ! と喝破しています。
 二人の文豪の指摘を待つまでもなく、私たちは、善意と悪意、潔癖と汚濁、勇気と臆病、謙虚とわがままなど、さまざまの矛盾するものを身につけています。そのために、やさしいかと思えば冷たく、なごやかかと思えばとげとげしく、強いかと思えば弱く、親切かと思えば意地悪というふうに、自在に変身するのです。
 人間がそんなふうに不完全で矛盾しているのは、劣等感、自尊心、羞恥心、虚栄心など、さまざまの自意識が自分を縛っているからなのではないでしょうか。
 福田恆存が言っているように、人間は程度の差こそあれ、何かの役割を演じたがっています。その役を演じる舞台に立つために、自分に化粧をほどこそうとします。そのあげく、役をはきちがえたり、独りよがりの演技をしてみたり、相手役や観客に無理なつきあいを強いたり、観客の反応を無視したりするのです。
それでもなお、化粧を落としてしまうと、あたかも自分が自分でなくなるかのような恐怖心すら持っています。
 こんなふうに自ら不必要なことを捏造して、ともすると自分を見失いがちな私たちですが、人生とはきわめて真面目な芝居であり、自分の人生をつくりあげるために努力することこそが人間の仕事なのですから、同じ芝居をするのなら、自分をしっかり見つめて、自分ならではの一人芝居を真面目に演じ切りたいものです。

  心の枠組みを定めて、核心を持って生きる
 
 人生はそれぞれの人が一字一字書いて場面をつくっていく脚本です。決まった筋書きなどありませんし、他人が構成を考えてくれるわけでもありません。白紙の脚本を一頁ずつ自分で埋めながら人生という芝居を展開していくしかないのです。
 人間は不完全ゆえに学びつづけ、成長していくことができるとも言えますから、不完全で矛盾だらけの「人間の候補」から少しでも「人間」に近づこうと努力して一生を終えるとき、完成した物語に「これでよし」と納得できるようにしたいものです。
 この本でとりあげた文豪たちの言葉は、それぞれの人生の過程で、転機に立たされたり、絶望したり、呻吟したり、決断をせまられたりした、節目節目に生まれた言葉と言ってもいいものです。彼らは逆境にあっても悲しみや苦しみに人生の意味を見出そうとしました。そうした裏打ちのある言葉だからこそ、わずか数行であっても、その言葉に触れた人の生き方に少なからず影響を与えるのはないでしょうか。
 この本では、そうした彼らの言葉をとりあげるだけでなく、言葉が生まれた背景や彼らの人生にも極力ふれて、言葉の意味を掘り下げようと試みました。
 とりあげた文豪たちの生き方を見ると、けっして器用な人生ではないことに気づかされます。自分に無理を強いてまで器用に生きるよりは、自分を貫こうとして不器用な生き方にならざるをえなかったということなのかもしれません。
「自己啓発本依存症」と言っていいほど「夢は願えば必ずかなう」「三分間であなたの人生は変えられる」というたぐいの自己啓発がもてはやされていますが、人に頼ることなく自分と格闘しながら自分の人生を啓いてきた文豪たちが見たら、なんと思うでしょうか。
 ──人の成功体験を追体験することで、成功しそうな気分に、成功したような気分になっているだけではないのか。自己啓発と言いながら実際は「他力啓発」になっていないか。「夢がなければ人にあらず」「オンリーワンになれ」という風潮にはまって自分を見失っていないか。自己啓発とは「自分の意思で自分を啓く」ことだから、一度しかない人生をつくりあげたいと思うなら、自分ならではの「心の枠組み」(マインドセット)を定めることに力を注ぐべきではないか。そうした人生の「核心」に対する「確信」なくして人としての真価は発揮できない。──文豪たちのそんな声が聞こえてきそうです。
 この本でとりあげた文豪たちの人生の処方箋は、どれも、じわーっと効く、いわば漢方薬のような言葉ばかりです。風邪を引いたとき、西洋医学のように局所に働いて数日で治そうとするのではなく、風邪を引かない体質をつくるような、人生の核心に満ちた言葉をとりあげています。

  命を磨く言葉

 ところで、この本で言う文豪とは、人生の核心を突く「言葉に優れた人」のことです。文豪と言うと大作家を思い浮かべますが、作家はもちろんのことですが、哲学者や芸術家、学者や評論家なども登場します。
そうした人生の先達である文豪たちから湧き出た言葉を、私たちへの叱咤激励というかたちでとりあげています。言うまでもありませんが、叱咤激励の「叱咤」は大声で励ますことで、叱りとばすことではありません。「激励」は励まし、元気づけることです。叱咤激励とは、強い言葉で力づけることで人を奮い立たせることです。
「人を慰め、励まし、絶望から立ち上がらせる言葉を、胸にたくさん蓄えておかねばならない。一生涯使っても使い切れぬほどたくさんに。(中略)私を強めてくれるこれらの言葉は、私にとって何物にも替えがたい宝なのだ。その宝を私は土台として生きて行きたいと思う」と三浦綾子は言っていますが、この本でとりあげた言葉は、私たちの命に磨きをかけてくれるかけがえのない宝物です。
「自己啓発本依存症」に罹ることなく、心の枠組みを定めて核心を持って歩むための人生のヒントを、この本から得ていただくことができればと心から願っています。
 なお、引用した言葉は、旧仮名遣いを新仮名遣いにする、漢字表記の一部を平仮名にする、改行をほどこす、適宜ルビを振る、一部を割愛する、違った箇所の言葉を併記するなど、表記を変更しているものがあることをお断りしておきます。
 では、これから60回にわたって文豪の言葉をとりあげていきます。

                           田中慶太郎

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